のだめカンタービレ(15)

とりあえず14巻から再読。
15巻読了後の感想は、

「まだギリギリ保っているな・・」


この感想の意味を説明する前に、「ラブ★コン」と「天使なんかじゃない」の違いについて説明させてほしい。

どっかにも書きましたが、現在進行中のラブ★コンの内容は、そりゃあもうひどい内容で、明らかに引き際を誤った典型的なパターン。
「動物のお医者さん」で犬ゾリの話が出てきて連載を無理に伸ばしてるケースよりもヒドい。

それに比べて「天使なんかじゃない」の天晴れな引き際!
内容なんかラブコンと殆ど同じ。
表現方法と作者の価値観が違うので、作品として同じにはなりませんが、表面的なイベントは同じ。
(学園祭があるだとか、進級するだとか、卒業するだとか、仲間が恋愛するだとか、そういうやつ)

どっちかといえば「天ない」の方が歴史的に先なわけでしょうから、ラブ★コンは(中原あやは)この引き際っぷりは見習うべきだったでしょう(もう手遅れ)。


刹那的に雑誌の部数を上げる(続投を願う編集者に屈する)より、作品のクオリティを保ったまま完成させる(作品としてベストな引き際を決定する)ことの方が僕は大事だと思います!


さて、のだめ15巻ですが、この引き際がそろそろ見えてきました。
ゆえに冒頭の感想になったわけです。

色々イベントを入れるのはまだよろしい。
千秋とのだめの成長(と恋愛)を書くのがこの作品のメインでしょうから。

でもね、目標を設定しないまま(エンディングを考えないまま)単にそれを伸ばしているだけなら話は別です。
これを見定めないと、ラブ★コンのようにズルズルとその価値いを下げてしまいかねません。


漫画家の皆さんはスラムダンクを見習いなさい!


東京タワー/リリー・フランキー

少なくとも日本には、人が死ぬと葬式を出す、という文化がある。
ボクは昔から、それを生業にしている人を軽蔑している。

同じように、葬式を申し込む人達のことも
「それって生き残った側の自己満足だろう?」
と片頬を上げて見下していた。

この本を読んだ今も、それらに関する基本路線は大きく変わらない。
でも、全てがそうではないのであるということを知った。知らされた。
あるいは、薄ぼんやりと認識していたある事実を明示された。
もっというと、叩きつけられた。



「行ってらっしゃい、気をつけて。」
うちのオカンに、今まで何度言われたことか。
毎日かけられるその言葉に、どれだけの愛情が篭っているのか、バカな息子には知る術もない。
そして、繰り返す日常がもたらす倦怠。

だからボクは両親とは一緒に住めない。住まない。



男の子なら、よっぽどのことがない限り、間違いなく母親が好きだ。
そして、よっぽどのことがない限り、感謝の気持ちは伝えない。
伝えられない。そして疎かにする。
照れ臭いのだ。

あんたそれでいいのか?
それだけおまえのために人生を切り分けてくれた人に対して、照れ臭いという理由だけで、伝えない。
そして疎かにする。



ホントにそれでいいのか?


「それ」はボクもキミも一番恐れていることじゃないか?
「それ」は小さな頃から最も不安に襲われることじゃないか?
「それ」は想像しただけで枕を頭から押さえて両耳を塞ぎたくなることじゃないか?



でも、現実に、将来必ず起きることなんだ。


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